北野武「監督・ばんざい!」コールタールの力道山|本物の昭和と足立区の記憶
僕はこの映画の監督、北野武さんのご実家から歩いて行ける距離の町で育ちました。
僕はこの映画の監督、北野武さんのご実家から歩いて行ける距離の町で育ちました。町工場の油の臭い、鋪装前の地べたに犬のうんこが点在した路地裏、ベーゴマに興じるこぎたない子どもたちの声・・。そうした原風景(げんふうけい)を、地元の巨匠、北野武さんとほとんど同じ場所の空気を吸い込みながら大人になりました。
幼なじみの家内は、浅草橋にある高校へ電車通学をしていた頃、当時亀有にお住まいだった北野武さんと、よく同じ千代田線(常磐線直通)の車両に乗り合わせることがあったそうです。
テレビの向こう側にいる「ビートたけし」ではなく、通勤・通学の人波に紛れたひとりの人間としての北野武さんが、すぐ手の届く距離にいた・・。そんな逸話を聞くたびに、北野武監督の描く昭和の下町(足立区・葛飾区界隈)がただの作り物、絵空事ではないことを、改めて実感させられます。
てなわけで、この作品に収められた短編の一つ、昭和30年代の東京都足立区を描いたのであろう「コールタールの力道山」は、まさに衝撃の一言でした。
「ALWAYS 三丁目の夕日」と「コールタールの力道山」。この似て非なる二つの昭和懐古映画
「ALWAYS 三丁目の夕日」のファンタスティック【fantastic】に磨き上げられた昭和30年代――夕焼けに染まる東京タワー、湯気の立つ食卓、人情味あふれる近所付き合い。その美しい郷愁の風景を観ても、なぜか僕は素直に感動できませんでした。(感動が湧きませんでした・・)まあ、同じ昭和でも足立区と港区の庶民の生活格差は雲泥の差があったとは思いますが・・あまりに整いすぎていて、嘘っぽさを感じてしまった次第。
「コールタールの力道山」のプラクティカル【practical】な、地に足のついた昭和30年代を観終わった瞬間。額に剃りぃを入れた学ランのコワもてのお兄さんとのすれ違い様、不意にチョーパンをくらった時のような、あの忘れかけていた季節に、僕は一気に引き戻されました。美化されない埃っぽさ、剥き出しの暴力性、貧しさと活気が同居していたあの時代の地元・足立区の情景とドブ川の臭いが、五感として甦ってきたのです。
「ALWAYS 三丁目の夕日」と「コールタールの力道山」。この似て非なる二つの昭和懐古映画は、アメリカのヤクザ映画に例えるなら、格調高くエレガントな「ゴッドファーザー【The Godfather】」と、生々しくも人間臭い「ソプラノ【The Sopranos】」の関係のようにも感じます。
故郷・葛飾亀有&足立区の幼なじみ諸氏には、ぜひこの2作を見比べながら鑑賞して頂きたい。僕たちが過ごしたあの町の、あの頃の記憶が、きっとそれぞれの胸に違った形で蘇ってくるはずです。
Yoshio
