いつ逝っても良い数値ですね〜リトル東京の赤ひげ先生・入江健二医師
日本の某レコード会社のLA支局でPとして勤務していた頃の話
日本の某レコード会社のLA支局でPとして勤務していた頃の話です。あの業界というのは、ご存知の方も多いでしょうが、夜のお付き合いがとにかく多い。アーティスト、プロデューサー、メディア関係者——「接待」という大義名分さえあれば、毎晩のように高級店をはしごし、私はそれをいいことに、飽食の限りを力の限り尽くしておりました。
脂の乗りきった肉、こってり濃厚スープ・・、至福の締めのラーメン、そして浴びるように飲む酒。胃袋が底なしの井戸だとでも思っていたのでしょう。今思えば、あれは「仕事」の皮をかぶった暴飲暴食の酒池肉林の日々でした。そんな放埒な日々のさなか、ロサンゼルスはリトル東京で開業されている入江健二医師に出会ったのも、ちょうどこの頃のことでした。
きっかけは、たかが風邪。せっかく診てもらうのだからと、ついでに血液や尿など、諸々の検査までお願いしたのです。軽い気持ちでした。ところが、出来上がった諸々の検査結果のチャートに目を落とした入江先生、しばらく沈黙したかと思うと、おもむろにこうおっしゃったのです。
風邪をひいたついでに血液、尿など諸々の検査をして頂いたのですが、結果チャートを見るや否や・・・
「ほぉー、いつ逝っても良い数値ですね。ところで、お子さんは今おいくつですか?」
風邪の診察に来たはずが、いきなり死を宣告され、続けて子供の年齢を問われる。面食らう私に、先生はさらに、まるで天気の話でもするかのような、しかしどこか有無を言わさぬ調子で、こう畳みかけました。
「お子さんが大学を卒業するまで生きたけりゃ、現在の生活習慣を改めなきゃぁいけません・・・ね〜。」
なんてぇことを、それはもう、きっぱりとゆわれてしまったのです。脅すでも、説教するでもなく、ただ淡々と事実を突きつけられる。あの飄々とした口ぶりが、かえって背筋を凍らせました。リトル東京の赤ひげ先生、伊達ではありません。
あれから、早いもので14年。おかげさまで息子も大学2年生にまで育ちました。入江先生の言いつけを胸に刻み、暴飲暴食を——完全に、とは申しませんが——それなりに改めながら、こうして今日も’脂ブトく’生かされております。入江先生に出会っていなければ、果たして今この文章を書けていたかどうか。
★入江健二: 東京大学医学部卒業。東京都立大久保病院外科勤務後渡米。UCLAでの癌研究をはじめ Cedars-Sinai,Kaiser Sunset ,LA County Hubert Humphrey Health Center で再修練を重ねる。著書:「リトル東京赤ひげ診療所」「小東京でゆっくり診療17年」。現在TVファン誌にエッセイを好評連載中。