俳優の声をAIが再現する時代|ADRはなくなる仕事になるのか
数年前に2回、ADR(Automated Dialogue Replacement=アフレコ)のセッションがありました。韓国とカナダで撮影していたプロジェクトの仕上げ作業でした。
細部にとことんこだわるのが、ハリウッド映画制作の凄いところですが、この体験を振り返ってみると、あの頃すでに話題になっていたクローン音声は、「AI音声革命」の名のもとに2026年の今、現実のものになっていることに正直、複雑な思いを抱かずにいられません。
AIに声優・俳優の「声」を乗っ取られる時代
2021年当時、WSJが報じていた「クローン音声」技術——俳優の生の声を元にAIが精巧なデジタル音声を再現するという話は、当時はまだ半信半疑で読んでいました。
映画吹き替えにクローン音声、俳優の声を複製(WSJ-2021年10月8日)
https://jp.wsj.com/articles/the-rise-of-the-robo-voices-11633668899
ところが2025年のアカデミー賞でアドリアン・ブロディが主演男優賞を受賞した「ブルータリスト」で、AI音声技術「Respeecher」がハンガリー語台詞の修正に使用されていたことが明らかになり、映画界に大きな波紋を広げました。同年のノミネート作品「エミリア・ペレス」でも別のAI音声技術が採用され、AI音声の是非を問う声が一気に高まっています。(参照元:CBC News・TechRadar)
さらに2026年現在、生成AIを全面的に使用した初の「スタジオ品質」ハリウッド長編映画『Bitcoin: Killing Satoshi』の撮影が完了し、カンヌ映画市場で配給先を探しているとの報道が出てきました。監督はダグ・リーマン、ガル・ガドット、ケイシー・アフレックらが出演する実写映画ですが、200か所にも及ぶロケ地の背景・美術はすべてポストプロダクションでAIが生成。その結果、当初3億ドルだった製作費が約7,000万ドルまで削減されたといいます。制作側はSAG-AFTRAのAI保護規定を意識し、「俳優の同意なしにデジタル複製は作らない」と明言していますが、業界からは「規定の抜け穴を突いている」との批判も出ています。(参照元:The Wrap・Deadline)

SAG-AFTRA(全米映画俳優組合)組合員として、反対の立場です。
僕はハリウッドの無名の大部屋俳優です。SAG-AFTRA(全米映画俳優組合)の組合員として、AIによる映像制作には反対の立場をとっています。2023年のストライキでは、微力ながらピケラインにも立ちました。
すでにブレイクしたキャラを守る声優さんの仕事はなくならないでしょう。でもバックグラウンド、大部屋、端役・・、そういう脇を固める仕事から順番に、AIに置き換えられて、気がつけば映画の現場から、生身の人間がどんどんいなくなっていく・・。。
2026年6月現在、AIに、人間の「間」「イントネーション」「方言や訛り」「息遣い」のクオリティは、未だ完璧には再現できない状況ですが……今後、AIは音声のみならず人間のすべてを学習し習得、人間と見分け、聴き分けが不可能になる時代が来ることは否めません。
SAG-AFTRAのAI規制——最新の指針(2026年6月現在)
SAG-AFTRA(全米映画俳優組合)は現在、AI問題に対して具体的な規定を次々と打ち出しています。一般の方にも分かりやすくまとめると、こういうことです。
俳優の「声」と「顔」は本人のもの。 2026年6月に批准された新しいTV・映画契約では、AIによる「デジタル複製」——俳優の声や外見をAIで再現すること——に対する制限がさらに強化されました。本人の書面による同意なしに、AIで俳優の声や姿を作り出すことは認められません。
CMの世界でも前進。 2025年のコマーシャル契約では、広告主が俳優の出演素材を第三者にAI学習用として提供する際には、事前にSAG-AFTRAの許可が必要になりました。
ゲームの世界でも。 2025年7月には新しいインタラクティブメディア(ビデオゲーム)契約が批准され、AIデジタル複製の使用には同意と開示が義務付けられました。約1年続いたゲーム声優のストライキも、これによって正式に終結しています。
法律も動いています。 2025年5月には「TAKE IT DOWN Act」が施行され、AIが生成した性的なディープフェイク画像の削除要請に対し、プラットフォームは48時間以内に対応することが義務付けられました。また「NO FAKES Act」も2026年5月に上院・下院に再提出され、俳優の肖像権・声の権利を法的に守る動きが本格化しています。
組合は「人間のパフォーマンスを守り、称える」という姿勢を明確に打ち出しています。AIの波には抗えないかもしれませんが、少なくとも俳優の権利を守るための戦いは、着実に前進していると思います。
参照元:
- SAG-AFTRA AI Bargaining and Policy Timeline(SAG-AFTRA公式)
- SAG-AFTRA Artificial Intelligence(SAG-AFTRA公式)
- Deadline: SAG-AFTRA Chief Lays Out AI Protections for 2026
- Respeecher: The Brutalist ケーススタディ(Respeecher公式)
- CBC News: The Brutalist used AI for Adrien Brody’s Oscar-nominated performance
- TechRadar: Netflix caught up in AI Oscars controversy