西行の短歌〜月のみや/うはの空なる/かたみにて/思ひもいては/心かよはむ
依頼されて英語の歌詞を書くことがある。この場合、日本語の対訳を付ける。また、同じメロディ−に日本語の歌詞も同時に書くという事もある。
これとは逆に日本語の歌詞を英語に差し替える場合もある。どれも自分で書いた詞なのに、それぞれの趣が微妙に変わってくる。言いたいことは同じなのに、まるで別の作品の様に新しく生まれ変わってしまう。
日本の詩人の作品を、英語の翻訳で読んだ時、これと同じ様な発見をした。英語の文章を読みながら、私の頭の中では自分なりに翻訳した日本語が流れる。
原作者には不本意な事かも知れないが、詩人と翻訳家と読者の三者が自身の言葉で創作に関わっているようで、それぞれのプロセスで言葉が新しく命を得る様な感じである。
そんな風に考えると翻訳ものを読むのも楽しくなってくる。今まであまり興味の無かった俳句や短歌、難しかった古文や漢文も読んでみる様になった。以下は西行の短歌の英文訳と私の通俗的な日本語訳である。
”Only the moon
high in the sky
as an empty reminder ___
but if, looking at it, we just remember,
our two hearts may meet” 1)
「空に高くかかる月だけが
虚しい忘れ形見
でも、見つめてみれば思い出す
いつか二人の心が出会うことを」
さて、果たして原文はこうであった。
月のみや/うはの空なる/かたみにて/思ひもいては/心かよはむ
西行がどんな思いで、誰を想って書いた歌かは知る由も無いが、それが八百年以上も後に異国の言葉に生まれ変わってなお、美しい響きをもって、一日本人の小さな詩心を楽しませてくれている。
アキコ・M・ウッド(作詞家 a.k.a. すいか)
1) “Saigyo : Poems Of A Mountain Home" Translated by Burton Watson, Columbia Univercity Press