Fury | 映画『フューリー』と旧約聖書 イザヤ書6章・・

03/30/2019クリスチャニティ, 南カリフォルニア, 映画

Fury

陰険なクリスチャンの映画レビュー

Fury | 映画『フューリー』

戦車”Fury”(フューリー)の隊長で軍曹のウォーダディ(Don ‘Wardaddy’ Collier:ブラッド・ピット)とまったく気質の異った4人の乗組員兵士たちの男心が沁みました。

陰険なクリスチャンの自分としては、戦車”Fury”の砲手、ボイド(通称”バイブル” Boyd ‘Bible’ Swan:シャイア・ラブーフ)が聖書の御言葉を語って最前線の仲間たちを励ますシーンに始終、感情移入していました。

わたしはまた主の言われる声を聞いた、「わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか」。その時わたしは言った、「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください」

300人の敵(ドイツ軍)を目前にして、たったの5人で戦う覚悟を決めた時、上の旧約聖書の御言葉をボイドが戦友たちに語ったのですが・・

ボイドが涙ながらに語り終えると、ウォーダディ軍曹(ブラピ)が「イザヤ書6章・・」と、その聖書の箇所をボソっと呟いた瞬間、涙がとめどなく流れていました。(四面楚歌、絶体絶命の時、人は神様の御言葉に聞き従うのでしょうか・・)

‘Ideals are peaceful, history is violent’

(理想は平和的、歴史は暴力的)

あえてh1タグで引用しちゃいましたけど、ブラピに語らせた上のセリフ”‘Ideals are peaceful, history is violent’(理想は平和的、歴史は暴力的)”が観賞後の翌日も脳裏で反芻しています。

Fury Movie CLIP – Bible Verse (2014) – Shia LaBeouf, Brad Pitt Movie HD



陰険なクリスチャンの映画レビュー

映画 ディス・イズ・ジ・エンド 俺たちハリウッドスターの最凶最期の日 | 陰険なクリスチャンの考察

ハリウッド俳優の日常とクリスチャニティの相見える世界終末コメディ映画 “This Is the End”。ジョン・バニヤンの「天路歴程」をR指定でパロディにしたかのような作品でした。

R指定映画ならではの(?)F-Word百連発、バイオレス描写が超ドギツイのですが、何故か鑑賞後、ホーリー(Holy)で真摯な思いになってしまいました。

世の牧師様ならびに敬虔なキリスト者の皆様にはお叱りを受けそうですが・・、ロサンゼルスを舞台にした天変地異から携挙(Rapture)に発展するストーリー展開と、名声、虚栄、ドラッグ、セックス、妬み、嫉妬、建前の狭間で生きてるハリウッド俳優の日常と聖書(クリスチャニティ)の相見えるシナリオが最高でした。

コメディ・インプロブ(improv)の達人たちによる名演が、終末の世のリアル感を醸し出していました。



陰険なクリスチャンの映画レビュー

映画 アメリカン・ハッスル | 陰険なクリスチャンの考察

われわれは、さまざまの尊い貨財を得、奪い取った物で、われわれの家を満たそう。あなたもわれわれの仲間に加わりなさい、われわれは共に一つの金袋を持とう」と言っても、わが子よ、彼らの仲間になってはならない、あなたの足をとどめて、彼らの道に行ってはならない。箴言1:13~15

上の旧約聖書のみ言葉を反芻した、一般ピープルが絶対に関わってはいけない裏社会の人たちの存在を肝に銘じさせてくれた作品でした。

敏腕の詐欺師(悪人)をうまく取り込んで「おとり捜査」の密偵として働かせるFBI捜査官。銀幕上のストーリーが進むにつれ「アメリカ版の鬼平犯科帳ぢゃねえの〜」と、ツッコミをかましながら鑑賞(笑)。

世間様で言う「おとり捜査」ってのは、検察権力のもとでは「罠にハメる捜査」にもなりうるってことを知ったのと同時に「(銀幕上の)あの状況下ならきっと自分もハメられてただろうな・・」と、悪魔がささやく時の恐ろしさを再認識しました。

主人公役のクリスチャン・ベールの”ぽっこりお腹”に「バットマンよ、お前もか」と親近感を覚えつつ帰宅(笑)。



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映画 天国は、ほんとうにある | 陰険なクリスチャンの考察

盲腸破裂の難しい手術中に肉体離脱。天国に行ってきた4歳児のコルトン君とその家族を描いた作品でした。

手術中の自分自身の姿や、病院のチャペルでコルトン君の手術の成功を必死に祈るお父さんをマジに”上から目線”で確認しながら、天国に行ってしまいます。

自分が小学生の頃に大ヒットした”帰って来たヨッパライ”の一節に「天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいし ねえちゃんはきれいだ」なんてぇのがありましたけど・・、天国から生還(?)したコルトン君が語った天国体験談はあの世(死後)の希望に満ちあふれたものでした。

ずいぶん昔の話ですが、すいか(家内)が中学生の頃にコルトン君と似たような、自分の姿を真下に見る肉体離脱を経験した時の話をしてくれた事がありました。その時に肉体と魂とは別なものとゆう漠然とした概念を持ったとゆうことです。

以来、23歳の時にプロテステントの信仰を持ち。夫婦で受礼。その後、はっきり天国を確信した家内は死に対する恐れが無くなったと言います。(ただし痛いのはイヤ・・)

家内とは小学3年生からの幼なじみなので、お互いの事はすべてお里が知れてしまいます。ゆえに自分もこのコルトン君のお父さんのように身内(配偶者)の不思議な体験を信じます。

Yoshio

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