わが家のお宝 | エリック・アンダーソン ブルーリバー

04/04/2019アメリカ, すいかのひみつ, 音楽

Blue River ジャケット

12月5日で創立340年を迎えたイギリスのオークションハウス、クリスティーズ(Christi’s)がニューヨークのロックフェラーセンターで今週、 ロック&ポップ・メモラブルと称したオークションを開催しました。

競売で落札された品物は、ポール・マッカートニーの手書きの歌詞原稿、約2200万円($192,000)、ジミ・ヘンドリックスが所有していたギター (フェンダー・ストラトキャスター)約1900万円($168,000)、ボブ・マーレーの手書きのノート、約800万円($72,000) 、ジム・モリソンの手書きの詩、約600万円($50,400)、ジョン・レノンの未公開インタビュー録音、約440万円($38,400)、ボブ・ディランの使用 したギター、約270万円($24,000)等。

ニュースには売れたものしか出ませんが、売れ残ったものもあります。 ウディー・ガスリーのギター、マイルス・デービスのトランペット、フランク・ザッパ の油絵、ザ・バンドの「ステージフライト」ゴールドディスク等。 

売れ筋とそうでない物の差が、わかるような、わからないような...。 それにしても、 落札した人たちは、投資家なのでしょうか。随分と高額で売れるものですね。

わが家のお宝、エリック・アンダーソン「ブルー・リバー」のサイン入りLPアルバム

そう、わが家にもお宝が有ることを思い出しました。エリック・アンダーソン「ブルーリバー」のサイン入りLPアルバムです。アメリカに来たばかりの頃、昼は学生、夜は日本食レストランでアルバイトをしていた時、クレジットカードの名前から、「ひょっとして?」と思い声をかけたのが、エリック・アンダーソンの元奥さんのデボラさんでした。 わたしが彼女に気づいた事にとても喜んで、「今度、エリックがLAに来たら、ここで食事をするわ。友達 も連れて来るから。」と言ってくれました。

社交辞令かも知れない、と思ったら、本当に数週間後、エリック・アンダーソンと一緒にレストランに来たので す。そして、その「友達」とは、なんとジョニ・ミッチェルのことだったのです。即、家に電話をして「ブルーリバー」のLPを持ってきてもらいました。

こうして、アルバムタイトル曲でそれはそれは美しいコーラスを聴かせてくれたジョニ・ミッチェルと、バックグラウンドボーカルだったデボラ・アンダーセン、そして本人エリック・アンダーソンのサイン入り「ブルーリバー」アルバムが我が家のお宝となった訳です。

オークションに出したら買い手がつくのかどうかはわかりませんが、本当の宝物は「プライスレス」、「お金では買えない価値がある。」もの。1度しか会ったことのない1ファンの日本人ウエイトレスとの約束を守ってくれたデボラさんの心遣いと誠実さから生まれた大切な思い出の形なのです。

アキコ・M・ウッド (a.k.a. すいか)

エリック・アンダーソン公式サイト


本欄に掲載の記事・写真、の無断転載を禁じます。すべての内容は日本国及びアメリカ合衆国の著作権法、並びに国際条約により保護されています。


チャールズ・シミック「トランプの家」

Personal File/Johnny Cashのアルバムカバー

「真実とはこの世界に既に存在している何かではなく、むしろ毎日のように再発見されるべきものなのです。」

これは、チャールズ・シミック(写真)が、自身のエッセイ”Poetry and Experience,”の中で、『(現代の詩人が)よく、「これは実際に私の身の上に起こった事なのだ。これは私が見た事であり、感じた事なのだ」と言う。』のに対して、語った言葉からの抜粋です。

今日は、そんなシミックが、私の世界には存在していない「真実」を見せてくれた詩を、ご紹介します。

House of Cards
Charles Simic

I miss you winter evenings
With your dim lights.
The shut lips of my mother
And our held-breaths
As we sat at a dining room table.

Her long, thin fingers
Stacking the cards,
Then waiting for them to fall.
The sound of boots in the street
Making us still for a moment.

There’s no more to tell.
The door is locked,
And in one red-tinted window,
A single tree in the yard,
Leafless and misshapen.

©2007 The Virginia Quarterly Review. All Rights Reserved.
“House of Cards” is part of the Summer 2005 issue of Virginia Quarterly Review

以下は、私なりの日本語訳です。

「トランプの家」  チャールズ・シミック

薄暗い明かりの
冬の夕暮れよ
おまえが懐かしい
母のきつく閉じた唇
ぼくらの押し殺した息
食卓を囲み座りながら

母の長く痩せた指が
カードを積み重ね、
それが崩れるのを待っている
通りから聞こえる長靴の音が
ぼくらを暫し静止させる

ただそれだけの話
扉には鍵がかけてあり、
薄赤く塗られた窓ガラスに
ただ一本の庭木
葉は全て落ちて、ねじ曲がっている

邦訳:アキコ・M・ウッド

10,000Daysのアルバムカバー

さらりと読み流してしまいそうな詩ですが、作者がナチスドイツの圧力下の混乱期のユーゴスラビアで少年時代を過ごし、両親はコミュニストによる迫害から逃れる為にアメリカに亡命した、という背景を知った時、この詩は私の心にずしりとした重みを持って迫ってきました。

母親が子どもにトランプで家を作ってみせてくれた情景を懐かしむ以外に、何の感情の表現もありません。ところが、長靴の音が、ナチの兵士の歩く靴の音だという理解のもとに詩を読み直すと、「ただそれだけの話し」の中の一つ一つの言葉から全く別の意味と感情が伝わってきて、この詩を忘れることができませんでした。

シミックは、1953年15歳で、アメリカに来るまで全く英語を知らなかったそうです。29歳で“What the Grass Says ”を出版して以来、数多くの著書があります。1990年には、The World Doesn’t End (世界は終わらない) でピュリッツアー賞を受賞しました。1973年から現在に至るまでまでニューハンプシャー大学で国語(英語)教授として勤務してています。

この先生の授業だったら、忍び込んで聴講してみたいなどと思ってしまいました...。

すいか(a.k.a.アキコ・M・ウッド)

本欄に掲載の記事の無断転載を禁じます。すべての内容は日本国及びアメリカ合衆国の著作権法並びに国際条約により保護されています。

Zac Brown Band | No Hurry

月曜日が休日だと、ゆっくりしようと思う前に、何から片付けようかと、たまっている用事の事を前の夜から考えてしまう。夜中に目が覚めても同じ。これじゃぐっすり眠れなくても仕方無い。 これも貧乏性と言うのかな。

だから、今朝の歌は、Zac Brown Band の No Hurry

http://www.zacbrownband.com/videos?ma_id=2012&mc_id=435&album=20

ヴァン・モリスンを一度洗濯機に入れて弱で軽く回したあと、ジョージアアクセントのソフナーをかけたようなヴォーカルが、かなり私好みです。

すいか

⬇私の拙い邦訳です。

No Hurry – Zac Brown Band 

車は汚れてるし、芝も伸びたまま。
仕事をさぼった事もバレてるな。
放っておいても請求書は消えてくれない。
とにかく今日は急がない事にしたんだから。

古い釣り竿と春の匂い、
川岸の日陰で折りたたみ椅子に座ってたっていいじゃないか。
世の中がオレを置いていってもいいさ。待っててくれるわけじゃない。
とにかく今日は急がない事にしたんだ。

急がない、自分に変えられない事を心配しても無駄さ。
生かされてるんだから、明日も同じ。
とにかく今日は急がない事にしよう。

いつか冷たい土の中に帰る時、
この罪人を埋めるのを急がずゆっくりやってくれ。

オレがダメな奴だって天国ではお見通し。
多少暴れた事もあるし、これからも面倒かけるだろう。
でも天使の歌声が聞こえる時には神様の前に正しくありたい。
簡単じゃないのはわかってるけど
オレは今日急いでないんだ。

訳:すいか(a.k.a Akiko M. Wood)

(英語の歌詞はこちらです)

 

忘れていた「時間を知る必要がない時間」

AlicesAdventures inWonderland

「たいへんだ!たいへんだ! 遅刻だ、遅刻だ。」

ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」 に登場する白うさぎは、そう言いながら走ってきて、懐中時計を取りだしてそれをながめ、そしてまたあわてて駆け出してゆきます。

…腕時計をしなくなってからしばらく経ちます。初めのうちは、腕時計のあった場所を無意識にたびたび見ていましたが、それもすっかり無くなり、時間を確認すること自体少なくなりました。腕が軽くなりました。

周りには時間を知らせるものがあふれていることにも気づきました。 壁にも、柱にも、車にも、テレビやコンピュータの隅にも、携帯電話にも、お店でくれるレシートにも…。

わたしが小さい頃は、学校から帰ると友達と遊びにでかけ、”よそのおうちに電気(灯り)がついたら帰る”のが決まりでした。 「狼少年ケン」が終わったらお風呂に入り、大人がプロレスを観る頃には布団に入り、朝はお豆腐やさんのラッパで目を覚ましました。

時計をはずしても、忙しさが無くなるわけではないけれど、忙しい毎日だからこそ、敢えて時計をはずしてみたら、忘れていた「時間を知る必要がない時間」が、見つかるかも知れません。

すいか

04/04/2019アメリカ, すいかのひみつ, 音楽

Posted by Yoshio J. Maki