永遠のニューノーマル

07/28/2020クリスチャニティ

生き残る種というのは、最も強いものでもなければ、最も知能の高いものでもない。変わりゆく環境に最も適応できる種が生き残るのである。チャールズ・ダーウィン

新型コロナウィルス・パンデミック以来、オンライン上で、上記のダーウィンの言葉を頻繁に見聞きします。

2003年あたりからアメリカの経済界の輩が好んで使っていた「経済・ニューノーマル」の定義は「コロナ・ニューノーマル」に変わり、今後、誰もが経験するであろう世界の変わりゆく環境は、ダーウィンも打っ魂消ていると思います。

いずれにせよ、コロナ後の世界は(しばらくの間)ドラスティック(drastic)な環境の変化に適応する事を強いられることは必至のようです。

「生き残る」ことの定義は「永遠に生き残ること」

これからの生活環境がどうなろうが、どの道、自分にはコントロール不能なら、移りゆく物事に流されながら生き延びるしか術(すべ)がないのがコロナ・ニューノーマルだと思っています。

現在、世界中で一番コロナの混乱に満ち溢れているカリフォルニア州に住んでいるからでしょうか、近頃はダーウィンの「生き残ること」よりもイエス・キリストに在る「死後の世界」を深く意識するようになりました。

プロの姓名判断師の従兄の見立てによると、僕は78才で胃癌で逝くのだそうです。信じるか否かは置いといて、僕の余命は15年・・。

「生き残る」ことの定義は「永遠に生き残ること」だと言う事を前提に余生を過ごすようにしています。

僕の母方は隠れキリシタンの家系、異母兄はプロテスタントの牧師。その下地もあり、それまでの乱行を悔い改めて受洗、クリスチャンになったのが23才の春。

以来、ダーウィンの進化論より聖書の天地創造。レノンのイマジンより、キング牧師の「I Have a Dream」で生きて参りました。

たとい、新型コロナで死の谷の影を歩むとも、永遠に生き残る術(すべ)は、イエス・キリストの十字架。それを信じ、永遠のニューノーマルの世界に旅立つまで、もう少し踏ん張って見ようと思っている次第・・。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネによる福音書 3:16 新共同訳

07/28/2020クリスチャニティ

Posted by Yoshio J. Maki