思い出横丁のポテサラ

不肖Yoshio、東京下町育ちで、アメリカ合衆国に移住する19の春まで葛飾区亀有に住んでおりました。ガキの頃から同じ東京都内でも行ってはいけない所(エリア)を親や先輩方から教えられていたものでございます。

新宿西口の思い出横丁(しょんべん横丁)から歌舞伎町あたりなどはまさに聖域。ましてや37年前の新宿の繁華街など・・、19才のガキが独り歩きなど出来たわけがありません。

思い出横丁1
あれから37年の年月が経った今月の初め、かのフィラデルフィア系・在宇都宮の闘う!芸術家こと、たしん画伯(田崎 真一氏)と昭和の聖域に足を踏み入れたのでした。

たしん画伯 at 思い出横丁
スマホのカメラを向けると、即!反射的にやんちゃなポーズをとってしまう習性(?)のたしん画伯ですが、たまにフェイントかけて撮ると、おちゃらけポーズでボケぇかましてくれます。(おちゃらけポーズ・・何気にお若い時の田中小実昌先生を彷彿させます)

味の素のポテサラ1
時は午後4時。まだどこも準備中のお店ばかりでしたが、アジア系のお姉さんが「いらっしゃ〜セ〜」と呼び込んでくれたお店へとりあえず入店。「生ぁ〜!」のかけ声と共にたしん画伯がオーダーしたのが、ポテサラとモツの煮込み。

味の素のポテサラ2
「懐かしい味だなぁ〜」「台湾より昭和してんなぁ〜」などと郷愁に浸っていたのも束の間・・カウンターごしに仕込み中だったお姉さん(自称上海出身)がおもむろに冷蔵庫からしっぱり出したのがこれ↑味の素のサッポロポテト・男爵(業務用)でした。

祖国日本の外食産業が「業務用・出来合いレトルト」全盛とは聞いていたものの、そーとーなインパクトがありました。然し乍ら、人工甘味料(チクロ)、味の素(MSG)で育った昭和30年代世代の性(さが)なのでしょうか。笑って哀愁の味の素のポテサラを口中に運んでいたのでした。

思い出横丁(モツ煮込み)

で、このモツの煮込み。「これ、どこの食品メーカーの業務用パック?」なんてぇ野暮なことは訊かないで、画伯と共に、男は黙って「アーティフィシャル・モツ煮込み」を決め込んだ次第です。