ボランティアの定義

まずは、呼ばれでもしないかぎり、絶対に被災地に行かないことです。被災地から出ようとする人、入ろうとする支援部隊や家族でアクセスはただでさえ大混乱ですから非常に邪魔です。統制もとられておらず装備もなく訓練も受けていない「ボランティア」はただの野次馬観光客です。何の役にも立ちません。

自衛隊は、食糧から水から燃料から寝具から、全て自前で用意して出動します。しかし、手ぶらのボランティアは、被災者が食うべきものを食い、被災者が飲むべき水を飲み、被災者が寝るべきところで寝るのです。

完全に現場指揮に従うのであれば、しかも生き地獄での救援活動に耐えうる技術と精神力を備えているのであれば、行ってこればいいと思います。

あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。西宮市議会議員、今村岳司氏のブログから抜粋】

 

不肖Yoshio、6月末から訪日します。7月前半はGINTE2里帰りライブで、今年は都内のライブハウスで3回やります。で、中旬はロスのNCM2 CHOIRメンバーとJR上野駅で合流して、亀有、千葉、栃木、東北地方に参ります。先のベネフィットコンサートではYoshioの教会の宣教師を通じ、集まった義援金$14,000.00を被災地に届けることが出来ました。3月の終わりまで、今年はNCM2 CHOIRの日本ツアーを取りやめて、地元(南カリフォルニア)での愛する祖国日本へのチャリティ活動に切り替えようと考えていました。でも、日本で僕たちを受け入れて下さる主催者の皆様から「お金よりも、来てください・・・」とのお言葉を頂き、予定どおりNCM2 CHOIRの訪日ツアーを予定どおり行うことにしました。

 

私はこの地震で何も失っていない部外者です。そして、この地震に対して何もできない無力な素人です。
ただの「被災していない人」です。被災していない人間に被災者の気持ちが分かるわけがないのです。

分かるわけがない相手に分かったようなことを言われたりされたりすることこそが、相手に「被災者の気持ちなんて結局誰もわからない」を痛感させます。とにかく、自分にできることなど何もないことを受け容れることが必要です。「何かしよう」という気持ちが、本当に自己満足ではないのか、よくよく考えるべきです。

あの恐怖と屈辱は、記憶よりさらに奥に刻みつけられてしまっている。西宮市議会議員、今村岳司氏のブログから抜粋】

上の阪神大震災の被災者である今村氏の上のパラグラフを拝読し、高校生の頃、駅ですれ違い様、不意にチョーパンをくらった時のような、衝撃を受けました。自分は1990年洪水、92年LA暴動、94年ノースリッジ震災、なんかも経験したので、ちっとは被災者の皆様の気持ちがわかる・・・なんてぇ高慢なことを思っていた自分が恥ずかしくてなりません。今村岳司議員に教えて頂いた、このボランティアの定義の一言一句を肝に銘じ、えんぴつになりきって、7月訪日の準備をしたいと思っています。